「日常清掃、点検業務の業界基準をつくる」賃貸住宅専門の清掃・メンテナンス会社、テイクスの挑戦

2024年03月23日

 集合住宅の日常清掃、点検業務は、誰にでもできる平易な仕事だと思われやすい。だが、賃貸住宅共用部の清掃とメンテナンス業務を専門に請け負う、テイクス(京都市)の石垣勇人社長は「入居者のいつも通りの生活を維持し続けるには、建物や設備に関する広範な専門知識が必要」と話す。慢性的な人手不足を抱える業界において、スタッフが知識と技術を手軽に習得できるように動画マニュアルを作成し、更に、オンラインスクールを立ち上げて、月額330 円で提供を始めた。石垣社長が目指すのは、清掃に従事するスタッフの意識、技術、地位の向上だ。


1500棟9000室の清掃を受託

 テイクスは、京都市を中心に関西圏にある1500 棟9000 室の賃貸住宅の日常清掃、定期巡回業務を請け負う清掃、メンテナンス会社だ。1997年に石垣勇人社長が創業し、大手ハウスメーカー系の不動産会社などから業務を受託する。

 石垣社長は、賃貸住宅の日常清掃、定期点検業務に特化したオリジナルのマニュアルを作成し、業界としてスタッフを育成することに力を注ぐ。2023年には、独自の「動画マニュアル」を30本作成した。人手不足に加え、早期離職も多いこの業界において、同社で1年以上働く人材定着率は90%を超えている。

 「入居者やオーナーの要望を受け、現場で迅速に対応するのが清掃スタッフです。スタッフの研修に、動画マニュアルを使うようになり、育成期間や人的リソースを大幅に削減できました。定着率も、より高まっています」(石垣社長)


放置自転車の撤去が、訴訟になることも

 近年、日常清掃業務を、単発で仕事を請け負うギグワーカーに委託する管理会社も増えている。清掃に関する専門教育を受けた人もいるが、その日だけの仕事として業務を受ける人も多い。その背景に、発注者である管理会社、受託するスタッフ側に「清掃は誰にでもできる仕事」という認識があることを、石垣社長は憂いている。「自分の家の掃除なら、誰でもできます。しかし、賃貸住宅の日常清掃は、品質に加え、建物の点検、現場で起きた建物周辺のトラブルへの対応が求められます」(石垣社長)

 例えば、共用部の電灯が消えていた場合、管理会社からは、消えた原因について確認を求められる。電球が切れたのか、ブレーカーの問題か、原因を特定しなければならない。さらに、ブレーカーに問題があった場合、構造によっては専用部の電気に影響することもある。入居者の生活に支障をきたす可能性があるため、タイミングを見計らって対処する必要があるという。

 屋外の電球交換を雨天時に行う場合は、ショートする可能性を考慮しなければならない。経験値のあるスタッフでなければ、感電の危険性も高まる。

 放置自転車や放置バイクの対応も、一つ間違えれば、訴訟につながる可能性もあるという。オーナーや管理会社から撤去の指示があっても、実行するのは簡単ではない。まず、全入居者に文書で通知し、持ち主がいないことを確認する。次に、盗難車でないか警察で確認し、ようやく自治体のルールに従って処分することができる。ボロボロの自転車だと思って処分すると、勝手に処分されたことに腹を立てた入居者から、後日、高額な請求をされることもあるという。「放置バイクの処分には丁寧な所有者確認と盗難届など警察との連携が必要となります」(石垣社長)

 電球交換や放置自転車の撤去といった業務をとっても、様々な可能性を考慮する必要がある。だが、現場では清掃業務に含まれるケースが多く、背景を理解していない日常清掃スタッフに任せられているのが実態だ。「管理会社もスタッフも、このリスクを理解しておらず、トラブルが起きてから事の重大さに気づくのです」(石垣社長)


作業現場で、新人スタッフが学んだことを再確認できる「動画マニュアル」

短期間でスタッフを戦力化する、動画マニュアル

 日常清掃業務は1人で現場作業にあたることが多い。同じ清掃業務でも、受け持った建物によっては、特別ストレスのかかる現場もあるという。これも、短期間で辞めてしまう人が多い要因の一つだという。だが、テイクスでは採用や研修の方法を工夫し、人材確保や離職率の低下につなげているという。

 「10年前から、採用方法を変えて、面接後に現場作業を2~3時間体験してもらうことにしています。その後、どうしてもこの仕事をやりたかったらもう一度面接をしましょう、と。それまでは、我々採用側と応募者との間で業務に対する思い違いもありましたが、ほとんどなくなりました。現場体験を始めてからは、採用した人の9割が1年以上続くようになりました。1年を乗り越えれば、あとは3年、4年と続くようになります」(石垣社長)

 スタッフの研修には、石垣社長が自ら製作した日常清掃・点検業務の「動画マニュアル」を使用する。時間や場所を選ばずに、学ぶ人のペースで知識やノウハウを習得できるものだ。

 「動画マニュアルは、人との関わりが苦手な人でも学びやすいことが大きなメリットです。目下、海外から来たスタッフも学べるよう外国語版を準備中です。動画マニュアルがあれば、経験値のあるスタッフを研修に配置しなくてよくなります」(石垣社長)


【動画マニュアルとは…】

2023年、テイクスは就労継続支援A型の事業所と提携。障がいをもつ人でも、「動画マニュアルは学びやすい」との声もある

 日常清掃・点検業務のスタッフ育成のための、専門知識と技術を学べるツール。テイクスが長年、スタッフを育成するために培ってきたノウハウを動画にしたものだ。2024年3月現在、30種類以上のコンテンツがある。日常清掃の仕事の概念、制服や身だしなみ、挨拶、してはいけないことなど業務の基本に始まり、階段の部位名など集合住宅の周辺の名称、掃き・拭きといった掃除のスキル、点検報告のポイント、さらに、熱中症対策や蜂対策などの労働災害、新人スタッフの指導方法などがある。習熟度を判定するためのテストもあり、オンラインで認定証も発行している。

動画マニュアルを見てみる▼


オンラインスクールで清掃業界のコミュニティをつくる

 2024年1月、テイクスは「ACMオンラインスクール」を開校した。人手不足で困っている日常清掃の同業者に向けて、育成ノウハウや業務スキームを提供するのが目的だ。ビルメンテナンス会社、不動産管理会社などが自社のスタッフを育成するのにも使える。

 1アカウントの費用は、月額330円だ。「スクール事業で利益は出ない」と石垣社長は話す。

「スクールを開校した目的は、同業者のスタッフ育成をサポートすることです。そのため、指導員を育てる研修を行います。動画マニュアルは30本あり、さらに、弁護士相談サービスも2回まで無料利用できます。今後は、オンラインセミナーも始める予定です。スクールで学ぶ人たちがお互いの悩みや意見を発信できるコミュニティもつくっていきたいと考えています」(石垣社長)

 発注者である不動産管理会社と、清掃受託会社の間にまたがる、日常清掃・定期巡回業務の全体像を伝えていくことにも力を注ぐ。両者の業務領域に明確な線引きはないが、一連の業務を完了するまでに必要な手順をお互いに理解することで、適切な初期段階での対応や作業方法を伝える方針だ。

 「現場で事故が起きた時に、周囲がそれを正しく理解しないと、次に起こるリスクを回避できません。質の高いサービスを提供するには、個人の技術に加え、周囲の理解も必要です。このスクールで、日常清掃・点検業務のスタンダードを確立したいと思っています」(石垣社長)


日常清掃業務の社会的地位を高める

 石垣社長が日常清掃を始めたのは、1997年、32歳のときだ。前年に宅地建物取引士を取得したことで、知人に紹介されたのがきっかけだった。「当初は清掃に魅力を感じたわけではなく、子どもが生まれ、家族を養わなければ、と思っていた時期でした。金なし、知識なし、掃除経験なしでしたが、無我夢中でした」(石垣社長)

 業務を日々こなす中で、建物管理業務の常識、清掃事業者の置かれている立場が自ずと見えてきた。2011年に法人を設立し、作業品質の向上と日常清掃業の地位の向上を掲げた。

「今回、ACMオンラインスクールを設立したのは、清掃業の地位を獲得するためです。知識と技術を備えたスタッフが質の高い仕事をすることで正しく評価され、彼らが仕事に対する自信とプライドをもてる業界にしなければなりません」(石垣社長)

入社9年目のスタッフが社内コンペで優秀賞を受賞
普段はコミュニケーションが苦手なスタッフも、授賞式は笑顔がこぼれる

 テイクスでは、2017年から年に1回、清掃スキルを競い合う「テイクスおそうじコンペ」を始めた。スタッフは、年に一度のコンペに意気揚々と挑む。そこには、技術力を競うことに加え、石垣社長のスタッフをきちんと評価したいという思いも込められている。

 「コンペでは、日常清掃の技術、日報の分かりやすさ、提出期限を守っているかなどの項目で、私を含めた管理者3人が審査をします。清掃後48時間以内に、抜き打ちの現場確認も実施します。スタッフのがんばりが手に取るようにわかります」(石垣社長)

テイクス 代表取締役 石垣勇人(いしがき はやと)
1965年、京都府京都市生まれ・育ち。大学を卒業後、一度は就職したが早々に退職し、その後、フリーで働く。30歳のときに独学で宅地建物取引士を取得。1997年、32歳で日常清掃の仕事をスタート。当時は賃貸管理業がまだ少ない時代、未経験だががむしゃらに働いた。15年の勤務経験後、自らの知識やスキルを活かし、2011年に日常清掃・点検業務を請け負うテイクスを設立。賃貸不動産経営管理士資格も所有。

【ACMオンラインスクール 概要】
名称:ACMスクール
利用料:1アカウント月額330円(税込み)
主なコンテンツ:動画マニュアル30本、指導者向けの講座、弁護士相談など

【会社概要】
社名:株式会社テイクス
創業:1997年、法人設立:2011年
代表取締役:石垣勇人
資本金:300万円
事業内容:不動産管理業及びメンテナンス業、集合住宅共用部清掃業、空き家管理業、造園業、鳥獣虫害対策業、消防設備点検
従業員数:40人(委託含む)
本社所在地:京都府京都市左京区田中大久保町23-4アパルトマン大東1F
連絡先:電話075-744-1850