賃貸の電子契約は本当に広まるのか 現場取材で見えた不動産業界に紙文化が残る理由

2022年03月03日

山本悠輔(全国賃貸住宅新聞)

 5月に電子契約が解禁となる。DX真っ盛りのムードも後押しして、ペーパーレス化を訴える掛け声が業界に響き渡る。一部の大手不動産管理会社は既に完全電子化に舵を切るなど、具体的な動きも出てきている。一方で、市場の大半を占める地場不動産会社の多くは、電子化に対応できないままだ。デジタル化が進まない理由はどこにあるのか、仲介会社・管理会社に話を聞いた。


出典:アドビ、業界別「営業業務のデジタル化状況」を調査 デジタル化が進んでいない業務1位は「取引先との契約書締結」


 Adobe(アドビ:東京都品川区)が国内のビジネスパーソン1,500人を対象に、業務のデジタル化についての調査を実施した。各業種のデジタル化状況を見てみると、不動産業のデジタル化が最も進んでいない。という結果となった。

 2022年1月20日に発表された調査資料を見てみると、「契約書類の7割以上を紙で処理している」という項目に対して、不動産業は73.3%、次いで電気・ガスなどのインフラ事業が72.6%だ。一方で最も電子署名の利用が高かったのは保険業の27.8%となっている。

 この結果に関して、アドビの竹嶋拓也執行役員は「不動産業でデジタル化が進まない大きな要因の一つは、法規制で契約書面の交付が義務付けられていることだ。これにより、その他の業務も紙でのやり取りが横行している」と話す。マイソクと呼ばれる募集物件資料や入居申込書なども未だに紙が使用されているのは、最終的に書面交付の義務があるから。との見方を示す。


 では、5月に電子契約が解禁されれば、デジタル化は一気に進むだろうか。そもそも、デジタル化に歯止めをかけているのは、本当に書面交付義務が原因なのか。現場の不動産事業者を取材すると、紙でのやり取りを続けざるを得ない理由が見えてきた。


非対面ニーズ増えず デジタル移行は難航

▲美ささ不動産の外観

 東京都八王子市を中心に賃貸仲介を行う美ささ不動産(東京都八王子市)では、現在でもほぼ100%対面での接客を実施する。契約書類などのやり取りも紙をメーンに使っている。新型コロナウイルスの感染流行をきっかけにオンラインなどによる非対面接客のための環境整備を行ったが、来店顧客のニーズが高いため社内のデジタル化は思うように進んでいない。

 賃貸仲介部の田穂祐貴子氏は「内見に関しても自分の目で見て決めたいという意見が多く、非対面化がなかなか浸透しない。IT重説を案内するものの、実際に行ったのは数件ほど」と語る。新型コロナウイルスの流行下でオンライン内見やIT重説に対応した環境整備を行ったが、来店を望む顧客は減らなかったという。

 申し込みから契約までの所要時間は約1週間から10日だ。鍵の受け渡しは100%店頭での対面で行っている。「今後、ZoomやLINEを使って内見時のウェブ接客に注力していきたい。また、反響からの来店率を上げるため問い合わせ対応の専任スタッフ1人の配置を始める予定。顧客満足度向上を目指し、22年の繁忙期に備えている」(田穂氏)


社内から反発 電子契約実現までの高いハードル

 大阪府下で約3000戸を管理するA不動産会社の担当者は「ペーパーレス化がこれほど難しいとは思わなかった」と話す。彼は、管理物件の空室対策から申込書類の整理まで行う、いわゆる『社内のなんでも屋』。業務が多岐に渡る分、効率化への意欲も高い。2年前から電子申込の導入を彼が主導となって始めた。いずれ電子契約も導入し、やり取りをデジタルで一気通貫する予定だったが、移行する際に多方面からの反発にあう。ウェブ申込が浸透するまで約2か月間要した経験から、今後も紙文化は根強く残る。と考えている。

 「電子化に対する反発は、仲介事業者と社内で起こりました」と担当者。

 仲介事業者は「流通サイトの登録やアクセス方法が分からない」「今までのように、物件を仮抑えできない」といった内容が主だ。前者は仲介担当者のリテラシーの問題でもあるため、粘り強く操作方法をレクチャーした。後者は、リアルタイムで部屋を確保できない事から、ウェブで申込を完了するまでに別のユーザーに取られてしまう。という懸念点が残る。

 社内からも厳しい意見が飛ぶ。これまで紙の申込書を社内回遊していたため、ウェブでの共有となった途端に「見方が分からない」「紙で持ってくるように」との声が上がった。主に、40代〜50代の幹部層からの要望だったため、従わざるをえない状況だったという。

 これらの対応を約2カ月間続けることになる。その時の心境を「これだけ批判されると、『もう紙のままで良い』と何度も思った」と話す。こうした過渡期を抜けると、仲介業者からの問い合わせも無くなり、社内でもウェブ回覧が一般的となった。

電子契約解禁は本当に起爆剤か

 こうした出来事が、各地の仲介会社・管理会社でも日常的に起こっていると推測できる。急激に変化する社会に、社員側が付いていけない状況だ。5月には電子契約解禁が控えるが、先述の担当者は「役員より高齢のオーナーさんへ電子の理解を得る必要があると思うと、ゾッとする」と後ろ向きだ。法改正がもたらす電子化へのインパクトは、期待通りとなるだろうか。

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